「陣、お前ってえらいよなぁ……」
「いきなりなんだよ」
「いや、ほんとえらいって」
学食で会った陣に尊敬の念を送る。
「なんかあったのか、涼」
はぁ〜と溜息つく俺に、陣が見かねて聞いてきてくれた。
「バカジだよ、バカジ。またアイツ監督に怒られてさぁ〜」
「今度は何やったんだ」
「今朝ヘアバンド忘れたらしくってさ、前髪がうざい〜とか部室で騒いでたんだよ。そしたらさ、早島先輩……あ、ウチのエースなんだけど、その先輩が面白がってマネジから花のついたピンを借りてバカジの前髪につけたんだよ。バカジは『先輩、ありがとー』って喜んでそのまんま走ってたんだけど、それが監督に見付かっちまって『またお前はふざけてんのかー!』って朝から雷。周りは笑ってるしさ〜、イジけてるバカジをフォローすんのって俺になるわけよ。何度同じ事やりゃわかるんかな、アイツ。オレンジ頭にした時も怒られて速攻元に戻す羽目になったんに『アッシュくらいならバレないかな?監督老眼だし!』とか聞いてくるんだぜ?悪気ないから余計タチ悪りぃんだよ」
パスタをフォークにぐるぐる巻きつけながら、今朝の愚痴を陣にぶつける。
「そりゃ大変だったな。どうせアイツ、怒られた意味もよくわかってねぇだろ?」
「当たり。よく陣はアイツの面倒三年も見てられたよな」
はぁ〜ともう一度溜息つく。
陣は仕方ねぇなぁって感じで笑ってるだけ。
―――なんか、陣丸くなった?
それは、単なる勘。
気のせいかもしれないけど、雰囲気が柔らかくなった気がしなくもない。
最近またバカジとつるみ始めたみたいだし、なんか心境の変化でもあったのか、な?
……ん?
視線をちょっと下げたら、見えてしまった。
開襟シャツから覗く鎖骨に、薄っすらと付いたキスマーク。
「お前、今度の彼女ずいぶん情熱的なんだな」
「は?」
「ソコ、キスマークついてんぞ」
「あー」
陣は慌てる様子もなく、そこを手でさすって見せた。
「鎖骨フェチみたいでな、見てるとたまんなくなるんだと」
「へ〜〜、いろんなフェチあるもんだなぁ。なぁ、今度の彼女は可愛い?」
「すっげー可愛い」
「うわ、即答かよ。陣の口からノロケ聞くとは思わなかったな。今度紹介しろよ」
「そうだなぁ」
雰囲気が柔らかくなったのは、その彼女の影響なのかもな。
今まで彼女いてもいなくても変わらなかったのに、今回は違うのか?
「陣〜っ!涼ぉ〜!」
噂の本人、バカジが親子丼セット持って俺達のテーブルに座った。
……つか、また前髪がおかしな事になってんだけど。
前髪がナナメに分けられて、ビーズのついたピンがみっつ付いてやがる。
どこの女子大生だよ……
「おまえ……、それ」
脱力しつつソレを突っ込むと、バカジはにかっと笑って言う。
「前髪ウザくて黒板見えない〜って言ったら、同じ講座受けてる娘がやってくれた」
…………ぜってー遊ばれてる。
あぁ、もう面倒見切れねぇ。
「いい加減、髪切れっ!!」
「いやだっ。染められないなら、伸ばすっきゃねぇじゃんっ!」
お洒落したい気持ちはわからなくもないが、だからってさぁ……
少しはフォローする方の気持ちもわかってくれ。
「メシ、ついてる」
「う?……さんきゅー陣!」
俺が頭を抱えてる横で、陣はバカジの顎についた米粒を取ってやってた。
なんだよ、この面倒見のよさ。
マジで尊敬するぞ。俺には真似出来ねぇ!
もういいや。
バカジのバカさ加減は置いておいて、会話を戻そう。
「なぁ、バカジは陣の彼女知ってんの?」
「へ?!」
ぴたっとバカジの箸が止まる。
「見てみろよ。陣の鎖骨にキスマークついてんだぜ」
「…………っっ!!」
バカジはソレ見た途端、口をへの字にして固まった。
そして、面白いくらい真っ赤になった。
「なに純情ぶってんだよ、今更ぁ。お前だって経験あんだろ?」
「あ、う、お……俺、水持ってくるっっ!!」
「はぁ!?」
そう言うと、バカジは席を立ってダッシュして行ってしまった。
「なんだぁ、アイツ」
陣を見れば、口元押さえて笑ってるし。
ガチャン!って音がする方を見てみりゃ、バカジが誰かとぶつかって頭下げてた。
「な、可愛いだろ?」
陣はそんな言葉を残して、バカジの方に歩いて行った。
その言葉がどこに繋がってんだかわからなくて、俺は首を傾げた。