気が付かなけりゃよかった

 

 

 ―――世の中には、気がつかなくてもいい事がある。

 


「くー……」
 講義中、隣から寝息が聞こえてきた。
 テキストを枕にして、気持ち良さそうに眠るバカジ。
 それはいつものこと。
 教授の一人語りはつまらんし、窓からは涼しい風入ってくるし、寝るには最適な環境。
 俺も片肘ついてウトウトしてた。
 バカジの寝言、聞くまでは。

 


「……じん、おかわりぃ…」

 

 


 ……は?

 

 


 思わずバカジを見る。
 なんの夢見てんだ、コイツ!?

 


 卒業してから疎遠になってたくせに、何がきっかけかわからないけど、陣とバカジのコンビが復活した。
 高校の時はバカジが陣にべったりだったけど、今は陣も万更ではない様子。
 いったい二人の間に何があったんだか。
 尚もバカジの寝言が続く。

 


「もうねる〜…」

 


 ……いや、すでに寝てるから、お前。

 


 人気のない講義のせいか、俺達のような出席稼ぎしかいなくて空席が多い。
 だから小声のうちは、寝言も放置してやれる。
 聞こえてるのは、俺くらいだし。

 


「……やだー……いっしょに、ねるー……」

 


 ……ちょっと待て。

 


 誰がバカジと一緒に寝るだって?
 バカジが見てる夢がブツ切りじゃなくて続いてたら………いや、きっと違う夢に変わったに違いない。
 きっと巨乳美人に甘えてる夢を見てるに違いない。
 そうだ、きっとそうだ。

 

 


 講義が終わった。
 まだ眠り続けるバカジとは対照的に、俺は目が冴えてしまっていた。
「涼。まだバカジ寝てるのか?」
 違う講義受けてた陣が、わざわざ顔出しに来た。
「寝言まで言うし、ぐっすりだよ」
「寝言?」
「陣、おかわりとか言ってたぞ」
「へぇ」
「それに、誰の夢見てんだか、一緒に寝る〜だの言ってるし、エロい夢でも見てんだろーな」
 軽い冗談も混ぜて言ったのに、陣は表情も変えずにさらっと言った。

 


「昨夜駄々こねてたからな」

 


 ……今、なんと?

 

 


「バカジ、起きろ」
 ぱこん、といい音がした。
「……うー?もう朝ぁ?」
「昼だ、バカ」
「う?」
 むくっと起き上がったバカジが自分の前髪を触る。
「このシャンプーいい匂いだよな〜。眠くなる匂い〜」
 ほわーんと笑うバカジに、陣がテキストで軽く頭を叩く。
「シャンプーを言い訳にすんな。使わせねぇぞ」
「うそうそっ!シャンプーのせいじゃないっ」

 


 ……なんだ、この会話。

 


 突っ込みたいけど、突っ込みたくない。
 更に。
 二人の風下にいた俺は気付いてしまった。

 

 


 ―――二人の髪の匂いが同じだということ、に。


 

 俺の目の前では、シャンプーの事やら寝相が悪いやらそんな会話が飛びかっている。
 何がきっかけで、また仲良くなったかは知らない。
 けど。
 高校時代の時には感じなかった居たたまれなさが、この空間にある。

 


 陣がすげー可愛いって言ってた彼女って……

 


 いや、陣は「彼女」とは言ってない。

 


 ……って、事は?

 


 いやいや、まさかな。

 


 浮かび上がってきた疑惑を打ち消す。
 というより、打ち消したい。

 


 二人から視線を外して、窓の外をに目を向ける。
 今日もいい天気でなによりだ、うん…

 

 

end