早島先輩のおもちゃ 序章

 

 

 駅前をぶらついてたら、見覚えのある顔を見つけた。
 どうやらナンパされてる最中みてぇだが、断わったのに諦め切れない男が付きまとってるって感じだ。
 男なら諦めも肝心だっつーの。
 あの人なら自分でもあしらえるだろうけど、たまには恩を売っておくのも悪くない。

 


「俺の女に何してんの?」
 ちょいと低音で言ってやったら、ナンパ野郎は焦ったような顔して逃げて行った。
 簡単過ぎてつまんねーの。
「誰がアンタの女なの?」
 助けてやったのに、強気な態度。
 美人というより、格好いい女。
「変わらねぇなぁ、麻子ネーサン」
「アンタこそ変わらないわね、早島」

 


 麻子ネーサンは一個上。陸部のマネジだった人。
 学校は違ったけどマドンナ的存在で、高校の時の競技会や何やらで何度か顔合わせてるうちに知り合いになった。

 


「助けてやったんだから、コーヒーくらい奢ってよ」
「コーヒー奢ってくれるなら、付き合ってもいいわよ」
「麻子ネーサンには、かなわねぇなぁ」

 

 
 今まで俺が口で負けたのは、この人くらいだ。
 自慢するわけじゃねぇけど、親しくなっても告ってこねーのもこの人くらい。
 だから、一緒にいても気を遣わなくてもいいのかもしれない。

 

 


「この前もいい成績出したらしいじゃない」
 カフェに入ると、自然に陸上の話題になった。
「チェックしてくれてんの?」
「早島の情報はチェックしなくても耳に入るのよ。無駄に顔がいいから、目立つのよね」
「無駄って…」
「これで箱根とかに出たら大変ね。いいメンバー揃った?」
「あぁ、おもしれー奴いるよ。……そうだ。麻子ネーサンの後輩じゃねぇかな。加地って覚えてる?」
「バカジ君!?早島の大学に入ったんだ」
「バカジ……あぁ、涼もそう呼んでたな」
「へぇ、涼君もいるの?可愛いでしょ、あの子達」
「からかうと超おもしれーの。見てよ、コレ」
 携帯に残ってた加地の写メを見せる。
 合宿の時に加地が寝た後、いたづらした時の写真だ。
「相変わらずおもちゃになってるのね〜。っていうか、アンタなんでこんなの残してるの?女に飽きて男に走ってるとか?……あら、他にもあるじゃない」
「ちげーよ。そういうの撮って加地に写メすっと、反応がおもしろいからさ」
「まぁ趣味にとやかく言うつもりはないけど」
「ネーサン、信じてくれよ」
「はいはい」
 完璧に聞き流しやがった。
 これ以上妙な誤解を生むのも癪だから、麻子ネーサンの手から携帯を取り返す。

 


「バカジ君に涼君がいるってことは、陣君もいるの?」
「ジン……?」
 後輩のフルネームを一人づつ思い出してみるが、ジンなんて奴はいない。
「いねーよ」
「そうなんだ?バカジ君の面倒よくみてて仲良かったから、大学でも一緒かと思ったのに」
「加地の面倒……」

 


 ……待てよ。
 確かこの前、加地を迎えに来てた目付きの悪い眼鏡がいた、な。
 加地が「陣、来てくれたんだ!」って言ってた記憶がある。
 そいつか?

 


「ちょいとクールそうで、目付き悪い奴?」
「目付きは悪くないけど、クールと言われればクールかな」
「そいつだとしたら、加地とはつるんでるけど、陸上やってねぇよ」
「え?どうして?」
「俺が知るかよ」
「陣君が陸上やめたなんて信じられないわ。何か世程のことがあったのかしら」
 麻子ネーサンは残念そうに呟いた。

 


 へぇ、アイツも陸上やってたのか。
 加地の面倒を高校からみてるねぇ……
 ちょいと興味あるな。

 


「麻子ネーサン、二人の事もっと教えてよ」
「なに企んでるの?」
「加地をからかうネタにするんだよ」

 


 ……加地だけじゃねぇけど。

 


 麻子ネーサンは「あんまりバカジ君をいぢめないでよ」と前置きをしてから、高校時代の事を話してくれた。
 俺はコーヒーおかわり三杯分の話を手に入れた。

 

 

end