今にして思えば。
数日前から前兆らしい感じはあった。
軽い咳と息苦しさ。
そして。
朝起きてみたら、まるでマラソン30キロ地点かっていうくらいに、息が出来ない状態だった。
救急車で運ばれた先で、あっさりと医者は言った。
「気胸ですね。肺に穴が開いて、半分以下に潰れています。水も溜ってるかな」
あれよあれよという間に、入院が決まり。
安静、検査その後手術、なんていう緊急なんだか違うんだか、よく分からない状況になる。
効いているのかよく分からない酸素マスクをかけられ、点滴を打たれ。
そういう症状なのか、薬でも入ってるのか。
うつらうつらしてた気がする。
合間に何度も夢を見た。
さっきの医者の宣告と、走っている時の。
いつものように、走っていたんだ。
アイツと。
足がうまく動かなくて、どんどん差がひらいて。
振り向いたアイツは何もないように、いつも通り、大きく手を振ってバカみたいに笑うんだ。
『じーーん』
声が聞こえた気がして、目を開けた。
霞む視界の隅に点滴の薬剤パック。
気がついたら、涙が流れていた。
夢。
アレは夢。
現実はコレだ。
もう、走れない。
「気胸っていうのは、体質によるところが多分にあるんですよ。今回完治しても、再発の確率は50%です。スポーツしてるんだ?復帰ねぇ…リハビリすれば、出来なくもない、と、思うけど…」
医者の言葉が耳に残る。
そうだ。
オレは、もう、アイツとあの夢みたいには走れない。
…アイツと?
「…うわ、オレ、にっぶ…」
今更ながらに気付いた。
オレはアイツが好きだ。
走るのも好きだけど、アイツと走るのが好きだったんだ。
もう、手が届かないけど。
そう思いかけて、首をふる。
きっと今が夜中だからだ。
こんなナーバスになってるのも、アイツが好きだなんて、この気持ちも。
明日になって、治療が始まって、考えなおしたら錯覚だった、そうなるだろう。
夢の中で流した涙は、いつの間にか乾いている。
きっと次に目を開けたら、朝になっている筈だ。
オレは溜め息をひとつついて、目を閉じた。