女難の相

 

 

「なあ、陣って、どこでバイトしてんの?」
「内緒」
「む〜、何でだよ!」
「来られたくないから」
「だから、何で!」
「イヤだから」

 

 例えば。
 バカジなら、百点満点の笑顔。
 涼なら、ちょっと困った感じの微笑み。
 真奈美なら、アワアワ慌ててるトコ。
 人によっては若干差があるだろうけど、名前を聞いて思い浮かぶ姿って、あるだろう。
 それがオレの場合は、仏頂面らしい。
 ので。
 シフトの組みやすさと時給で選んだこのバイトは、あんまり見られたくはない。

 


「いらっしゃいませ〜」

 


 貼り付けた笑顔で、客に愛想をふりまく。
 店のにおいは好きだ。
 コーヒーの香りなら染み付いたところでむしろ大歓迎。
 機械を扱うのも、いい。
 ふわふわの泡が作れたときなんて、ちょっと悦ってしまう。
 仕事内容そのものは取り立ててイヤじゃない。
 そう、カフェの給仕なんてどっちかというとオレ向きの仕事だ。
 が。
 この愛想が、イヤだ。

 


「バリスタ陣ちゃん、鼻の下伸びてるよん」

 


 このシフトも、イヤだ。
 肩の下あたりから聞こえる声に、舌打ち。

 


「あ、態度悪。お客さんに見つかるよ。テンチョに知られたら、減給だよ」
「るせぇよ。つか、何でお前もこの時間なんだよ」
「あたし、割とこの時間だよ?陣ちゃんがシフト移動多いんじゃん」
「オレは緊急要員なの。決まった時間に入ってねぇの」
「鼻の下のびてんのに、バリバリ仕事。ってことは、今度の相手さんは忙しい人なんだね。で、陣ちゃんは仕事に励んでるんだぁ」
「勝手に人を分析すんな」
「違うの?」
「……違わねぇけど」


 けらけらと腹抱えて笑ってやがるこのチンマイの。
 バリスタのユニフォームを引きずってるんじゃないかと思うくらいのコレ。
 以前に付き合ってた彼女に、本命と間違われた元カノ。
 何の因果か、現在バイトの同僚。
 全国展開しているカフェで、家からそこそこ離れてるトコを選んだって言うのに。
 何でコイツが一緒なんだよ。

 


 言えるか?
 バカジに言えるか、このバイト?!
 この愛想笑いしてる自分を見せられるか?
 コレと一緒のトコを、見られて冷静でいられるか?!

 


 …ダメだ、考えただけで、無理。
 ヘタレだといわれてもいい。
 無理。

 


 溜め息をついたオレを見てまた一段と笑い声を上げ、主任に睨まれた元カノは、今度は小さい声で言った。

 


「本気なんだねぇ」
「は?」
「陣ちゃん、自分を知ってる?」
「だから何だよ?」
「陣ちゃんって本気度高い時ほど、ぶきっちょさんなんだよ」

 


 コイツの怖いところは、適当に言ってる言葉が結構イタイところだ。
 それはもう、イヤってほどに。

 


「よかったねぇ」

 


 今ではもう、お互いに何の感情もないけど。
 いや、なんていうか、いい友人関係な感じなんだけど。
 その証拠にコイツにも彼氏いてるし。
 こうやってほにゃほにゃと笑っているし。
 うん、爆弾発言さえなければな、いいヤツなんだよ。

 


 うぃいいん、と自動扉が開く。

 


「いらっしゃいませ〜」

 


 条件反射で笑顔を張り付かせて、カウンターに意識を向ければ

 


「陣くんみーつけた。あたしってば、いい勘してる」

 


 うふふふふふ、とにこやかな顔で、麻子さんが立ってた。
 ……このバイト、女難の相でも出てマスカ……
 ふぅ、と。
 オレは、一瞬遠くを眺めてしまった。

 

 

end