第1話

 

 

「翔は二人でいるより、一人で走る事が好きなんでしょ」
 俺が彼女に振られるのは、大抵部活絡みだ。
 大学の駅伝部には休みなんてなくて、デートの時間もないし、かと言ってマメでもない俺は連絡も自分からはしない。
 だったら、告白された時点で断ればいいんだけど……
 溜息をひとつついてから、携帯を手に取って「陸上部仲間」のグループフォルダを開く。
 高校時代の陸上部仲間……、笠原陣。
 俺は彼女に振られる度に、陣にいつも慰めてもらってた。
 冷たいようだけど優しくて、面倒見もいい頼りになる仲間。
 高校時代に振られた彼女には「笠原君としゃべってる方が楽しいんでしょ」って嫌味を言われるくらい、俺は陣にべったりだった。
 大学に進んでからは、陣とは会ってない。
 同じ大学に進学したけど、陣が陸上を辞めてしまったから。
 陣がなんで陸上を辞めてしまったのかわからないけど、俺の中ではまだ陸上部仲間のまんま。
 仲間っていうか、それ以上の存在かもしれない。
 変に意識しちまうから、余計に連絡も取りづらくなってしまったっていうのもある。
 でもコレは、不幸中のなんとやらってヤツだ。
 このチャンスを逃したら、連絡取るきっかけがないかも知れない。
 ……また慰めてくれるかな。
 俺は陣にいつぶりかわからないメールを送った。

 


 題名 : じん
 本文 : ふられちゃったよ〜     

 

 


 間が悪いというか、運が悪いというか。
 そういう日は確かに誰にでもあるものだけど、流石にほんの一時間のうちに何度も続けば、うんざりしたくもなる……と思う。
「陣ちゃん、フ抜けた顔になったね」
 元カノにそう言われたのも堪えるけど。
「本命がいるならいるって、そう言えば良いのよ!」
 と、現カノに駅前で罵られるのも結構痛いわけで。
 誤解…といえば、誤解。
 多分、彼女が本命だと思い込んだのは、元カノ。でも、本気で自分の中の順位が一番だ、と、彼女に対して思ったことがないのも、事実。
じゃあ、誰だと問われれば。それはまた、返答に詰まるのだけれど。
 多分、彼女とはこのまま別れるだろうな。
 部屋について、持ち帰ったもの――鞄の中身とかポケットの中身とか――を、机の上にぶちまけ。
 ……どんな日なんだよ、今日は。
 メールの着信を何気なく見て、オレはがっくりと膝をついた。
 発信者は加地翔真、通称バカジ。
 高校時代の部活仲間。天真爛漫といえば聞こえはいいが、オレに言わせりゃただのバカ。(ま、努力と忍耐も才能って言えば、才能のあるヤツなんだろうけど。)
 オレの方は大学進学やら諸々をきっかけに競技自体から足を洗ったから、それこそいつぶりだ?っていう、メール。
 真面目に陸上競技に取り組んでいたオレに、唯一、自分のことを優先させた人間。
 いくらオレがどちらかというと面倒見がいいニンゲンだっていったって、競技会の当日は自分のコンディションに気を使いたい。が。そこでオレに面倒をかけまくりだったのが、バカジだ。
 ホントになぁ、惚れてなきゃ出来ないよなぁ。あの時は気づいてなかったけど。今でも口にはしてないけど。気づかれてもないだろうけど。今でも惚れてるけど。
 そう、本命というなら多分、コイツが本命。
 何かあれば泣きついてきていた高校時代と、まったく変わり映えのしないその文章に返信をしながら、今日何度目かの溜め息をついた。

 


 題名 : だからどうした
 本文 : 初めてじゃあるまいし。今更だろ。

 

 

 ……つ、冷たくね……?
 久々に聞いたメール着信音にちょっとドキドキしながら携帯開いてみれば、そっけないメール。
 携帯を持ったまま、ゴンとテーブルに額をぶつけた。
 ドキドキしてた俺よ、さようなら。
 確かに初めてじゃねぇし今更だけどさぁ、いつもと同じパターンだけどさぁ。
 もうちょっとさぁ、もうちょっと他になんかねぇ?
 これじゃ毎日会ってた頃と変わんなくねぇ?
 「元気だったか?」とか「ひさしぶり」とかさぁ〜〜
 ……まぁ、俺も人の事言えねぇけど。
 でも、陣らしいメールにほっとしたのも事実だ。
 これで「どうしたんだ?俺でよかったら話聞くぞ」なんて返って来たら違う奴にメールしちまったのかと焦っただろう。
 陣のまんまで、よかった。
 テーブルで頭を冷やした俺は、むくりと頭を起こした。

 


 題名 : なんだとー
 本文 : いまさらってなんだよー   
       なぐさめてくれてもいーじゃんか    
       あいかわらずつめたいヤツ!   

 

 

  
 
 用事を済ませる間もなく鳴り響いた、メールの着信音。
 携帯を手にとって、一瞬、躊躇った。
 彼女からのメールにしては、何だかタイミングが違う気がする。
 バカジからの返信にしては、早い……ような、気がする。
 それ以前に、返信があるわけがない、ような気も、する。
 っていうか、なぁ…いや、ヤツの気が済むならそれもいいけど、あんまり長々と聞いて嬉しい話題でもないし、なぁ。
 考えていても仕方がない。
 そう思ってメール画面を開けてみれば。
 ほぼ平仮名かよ、おいっ!
 そして慰めろ、と!?
 あの頃のように隣にいたら、間違いなく手が出てる。
 ああ、間違いなく、な!

 

 
 題名 : 読みにくい
 本文 : 漢字変換くらいしろ。どっちが相変わらずだ。
       本命いるのがバレて、お前を慰めてる場合じゃない。

 

 

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