第6話

 

 

 来い、ときたか、バカジの分際で!作りに来い、ってか!?
 話があっちこっち行きながらも、妙にしつこいと思ったら、何だよ、それは。
 ふられた彼女の話、まだ何か語り足りないのかと、痛む心で付き合ってやってれば、それかよ!?

 


 題名 : ふざけんな
 本文 : なんでわざわざ!

 

 


 ふざけんな、かよ……。人が手に汗かきながらメール打ったっていうのに!大人しく来いっていうんだ!
「超ムカツクっ!」
 枕に向かって携帯を投げたら、バウンドして床に音を立てて落ちた。
「やべっ!壊れちゃうじゃん!」
 慌ててベッドから手を伸ばすと、違うモノが手に当たった。
「…………あ」
 それは、高校時代の長距離仲間とお揃いで買った時計。
 俺は今でも競技会で使ってるけど、陣はまだ使ってるのかな……唯一お揃いのモノ。
 これで捨てたり無くしてたりしたら殴るけどな!
 っていうか、覚えてっかな。この時計を使った練習法。
 この練習法では陣に勝てた試しがなかった。
 アイツの背中を抜く為に、がむしゃらに走った高校時代。

 


 ――― 今だったら、勝てる気がする。

 


 拾い上げた携帯は、端っこに小さな傷がついただけだった。
 そして俺は、一気にメールを打った。
 面倒臭かったけど、漢字変換だってした。
 今度は手も震えずに、速攻送信ボタンを押した。
 これならどうだよ、陣。
 携帯を机の上に置いて、腕時計をセットした。

 


 題名 : 挑戦状
 本文 : PM9時 陸上競技場 5000

 

 


 …コレは、アレだよな。
 ディスプレイに現れた文字を見て、一旦、携帯を閉じた。
 もう一度携帯を開いて、メールを確認する。
 間違い、ない。高校時代にはよくあった呼び出し。一斉送信じゃないトコを見ると、オレだけ、か。
「ざけんなよ。世話の焼ける」
 呟いて、机の引き出しを開ける。
 一番上に放りこんだままになっている、デジタル腕時計。高校時代に部活の仲間で買って、秒まできっちり揃えたやつ。
 時計の時報が、スタートの合図。
 午後九時スタートで、陸上競技場へ5000メートル走って来い、っていう、挑戦。
 戻る筈のない時間が、巻き戻っていく感覚。
 無視する事だって出来る。もう一度『ふざけんな』そうメールを返すことだって。
 頭ではそうわかっていても。そうした方が自分のためだっていう自分自身の突っ込みも、わかっていたけど。
 仕方ないじゃないか。
 バカジが、オレを呼んでいる。
 そして、走れ、と、言う声に抗えないのだから。
「もう少し考えろっての」
 時刻表示を確認して、焦った。シューズを探していたら、コンタクトを探している時間は、ない。知っている道だ、問題はないだろう。そう踏んで、眼鏡を外す。
 ギリギリの時間で準備を整えて。
 高校時代は負けたことのない練習方法だけど、今ではもう、無理だろう。オレにはブランクがある。ハンデを考えれば、完走だってあやしいもんだ。
 だけど。
 コレで、色んなことが吹っ切れる気がしたんだ。

 

 ストレッチをして顔を上げたら、腕におさまった時計が時間を告げた。

 

 

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