第7話

 

 

 走れ、走れ、走れ。
 走ってる間は何も考えないで、ただゴールを目指して走るのが俺の走り方。
 ゴールは陸上競技場だけど、その場所を目指してる訳じゃない。
 俺は、陣っていうゴールを目指して走ってた。
 こうなったら走るっきゃねぇじゃん。
 こうなったら言うしかねぇじゃん。
 こうなったらケジメつけるっきゃないじゃん。
 同じこと繰り返してても、結局また元に戻っちまう。
 だったら、戻れないようにしちまえばいい。
「好きだった」って言って、鉄拳制裁くらって終わりにしちまえばいいじゃん。
 そしたら、きっともう同じ事は繰り返さない。
 ちくしょー、なんで俺振られる為に走ってんだよ!
 振られたら、今度から誰に慰めてもらえばいいんだよ!

 


 陸上競技場は、真っ暗だった。
 ぽつんと外灯がついてるだけ。
「陣っ!」
 名前を呼んで陣の姿を探すけど、陣どころか誰もいない。
 ……まだ着いてないのか。

 


「遅い」
「なんだよ、一分も差がねぇじゃん!」
「いい加減、オレに勝ってみやがれ」
「ぜってー勝ってやる!」

 


 そんな昔のやりとりを思い出しながら、時計を見上げた。
「勝ったじゃん、俺……」
 初めて勝った喜びよりも、陣がココにいない事が淋しい。
 その前に、この勝負が成り立ってんのかもわかんねぇ。
 メール無視されりゃ、終わり。
 なんて返信が来るのか怖くて、携帯は家に置いて来た。
「試合放棄されちゃった、かな……」
 陣がこんなに遅いわけがない。
 外灯に照らされた時計がゆらゆら揺れて見えてきて、慌てて腕で目をこする。
 泣くな、俺っ。それこそカッコ悪りぃじゃんか。
「好きだったんだぞ、陣……」
 素っ気無いトコも、クール気取ってるトコも。
 俺の事バカにして、ちょっと反論するとすぐ殴るトコも。
「つか、Mじゃん、俺……」
 ガシガシと髪を掻いて、しゃがみ込む。
 ……でも、知ってるんだ。
 キツイ口調の中に、優しさがあるトコも。
 怒る理由も、ただ怒るだけじゃなくて。
 だいたい俺が原因だったってコトも知ってる。
 陣に構われたくて、わざとバカやった事だってある。
 そうすれば、陣が俺を構ってくれるから。
 だから、俺は……

 


 当時は自覚がなかったにしては、酷すぎる。
 今考えれば、母親に甘えたくて駄々こねる子供じゃん。
 気を引きたくて、わざと悪さして、怒られて。
 で、優しくされれば嬉しくてたまんなくって。
「どうしょもねぇ〜〜〜」
 こんなんじゃ、陣に愛想つかされても当然だ。
 はぁ、っと溜息ついて地面に大の字になる。
 コンクリートの冷たさが、身に沁みるぜ。ちくしょー
 失恋、かぁ……。これも、ケジメか。
 じわりと目にまた涙が浮かんで来た時、地面に微かな足音が響くのが聞こえた。
「……陣っ!?」
 腕ジャンプで立ち上がって、周りを見渡す。
 聞こえる、誰か走ってくる。
 泣くな、俺。
 まだ、泣くな。
 パンッと両頬を叩いて、じぃっとその方向を見詰める。
 足音が大きくなって来る。近付いて来る。
 その人物の姿がはっきり見えた時、俺はまた泣きそうになるのを堪えるのが大変だった。

 

 

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